祈りの旅

日本のどこかでアルゼンチンタンゴを踊っている女のブログです。

内出血

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11月らしからぬ暑さが続きますが、少しずつ紅葉しています。

まるで身体の内側から、血が滲み出すみたいに。

…だなんて考えるのは、人間だけ。

唐紅色の葉っぱが、用水路に落ちて溜まり流れていくのを、生々しいものを見てしまったように目を逸らしたくなるのも、

人間だけ。

酷いことなど何もないのに。せっかくこんな、綺麗な色に乾いて落ちたのに。

……だって、乾いているほうが、よく燃えるから。

と尚、血や火が見たい、寂しい人間がひとり。

 

***

 

気持ち良く踊れたから。気持ちの良い時間を、あなたと過ごしてしまったから。いままでの大切だった思い出を、あなたとすっかり共有して、わたしたち抱き合ったのだと、つい錯覚してしまった。

その思い出とは、本当のわたしの思い出ではない。あなたも本当の登場人物では、無い。

最初から。何も共有など、していなかったのだから。

コルティナがふたたび鳴ったなら、さようなら。次に会うときは、ふたり全く、互いの記憶を失くして、また会いましょう。

微笑みながら、かわしていきたい。それなのに、どうしてこんなに痛がるのか。

身体のどこかから、血はぬらぬら光りながら滴り落ちる。誰とも混ざり合うことのない、生温かい川が、音もなく流れている。

 

 

 

 

 

 

さいわいの国

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おばあちゃんが亡くなって、ちょうど100日過ぎた日に、おばあちゃんの夢を見た。

おじいちゃんとおばあちゃんに、お水を汲んであげようとして、飲みやすいコップを探すのだけれど、

陶器のお人形を、水平に切ったようなものしか辺りになく、困惑した。

階段を、おばあちゃんの手を引いて、登っていた。

立派な孫でなくて申し訳ないとは、いつまでも思っています。

 

***

 

王国が、降ってきたのかと思った。

音楽はみるみる可視の帳と化し、夢色の風に溺れた。

 

わたしのために、王国が、降ってきた。

あなたがいて、あなたがわたしを選んでくださったから。わたしがそれに、応えたから。

わたしにとって、この世界でたったふたりだけの王国が、確かにあの時間にあったのです。

愚かだから。馬鹿だから。頭が少し足りないから。日常の愛が足りないから。そんな錯覚を抱く。

夢の時間は愚劣なほど近く、近く。息をつぐほど遠のいていく。

望むなら。呼吸を絶やしてこの国の住人と、領主へとなりましょう。心臓を黄色く高鳴らしながら、鐘の音を聞いて。

鐘はどうして、あんなまるで自然の一部のように鳴るんでしょう。山の声のように。鹿の声のように。

わたしの叫び声はひとつ残らず夢色の波間に溺れて、だれにも届かない。だれかが振り返るとき、わたしはもう存在できない。

わたしの叫び声はだれにももう、届かない。

城の中に誰ひとりいない、お姫さまかもしれない。

 

ああ、わが睫毛の中に、黄緑色に燃えあがる王国がある。

 

 

 

影になりたい 踏まれてもいい

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カベセオが苦手です。もはや嫌いです。

踊り場のマナーなのでしょうが、もっぱら出来ません。

こんなに胸元擦り合わせ近くで踊っていても、あなたの意思や心の裡などまるでわからないのに。まして会場の向かい、またはうんと離れたところから、まなざしで合図を送られましても……。

愚かなわたしには、わかりません。見えません。目が悪いせいではなく…見えないのです。

もはや、ほんとにわたしは目が悪いのかもしれません。

わたくしは魅力のあまりあるとは言い難い、小さな女ですから、あなたはわたしの隣の人をご覧になってるに違いないし。そう、そうでしょう。わたしは人から愛されづらい女であるし、誰からも選ばれる自信が無いの。期待するのが、恥ずかしいの。それにお誘いを首を長くして受けるなんて、たいそう、その、破廉恥に…だらしなく感じるの。

 

そう、それに……

 

あなた。ご足労なしにそんな遠いところから、わたしに指し示さないで。

わざわざこちらへ、いらっしゃってみたらいかが?だらしなく手なんか差し出してみたりして。一言、何かお言いなさいな。

心で、跪いて乞うてみてください。踊ってください、と。

ちょっとした、あなたの犠牲が欲しいのです。

上手にしてくださったなら、わたしもあなたに、かしずいて差しあげる。

影のように。あなたに寄り添って差しあげる。または音楽そのものに、普段縮こまりがちの神経質なこの身体を、形をみるみる失わせてください。豊かに波打ち昇華させてください。

ねえ。そんな高いところに、いらっしゃらないでください。遠いところに、いらっしゃらないでください。

あなたも、わたしの影になってくださりますか?

 

 

 

どうしてあなたは踊るのですか?

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樹は本当に、生きていくのに良い先生です。地面から、少し斜めに生えていても堂々と立っている。

 

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あんなに人間の肉体と精神をおびやかすように緑を芽吹かせ、あんなに悠々と多くの葉を風に踊らせていたのに。

季節が手をかけるせいで裸木になりつつあっても、優しく睫毛を伏せるように、ここにいらっしゃる。

 

***

 

どうしてアルゼンチンタンゴを踊るんですか?こんなに男の人が苦手だのに……

どうしてでしょうか。

私は何年も男の人と付き合わず、これから先もずっとそうかもしれません。結婚など到底できないかもしれません。周りの人は、きっと、無口で友達も少ないわたしのことを『女として薄情な人、愛情のない人』と見ているでしょう。

 

わたしはそれが悔しいのです。愛情深く両親から育てられた身として、あまりに悔しくてなりません。でも本当に好きで、尚且つわたしと一緒でも良いよと思ってくださる人にいつまでも出会えないことも事実です。

 

踊っている時だけでいいから。

わたしの中に、燃える心があることを……誰かに知ってもらいたいからかもしれません。ここに確かに、あなたとより交わす熱がきちんとあることを、知ってもらいたいからかもしれません。わたしが心の無いお人形でないことを、わかってもらいたいからかもしれません。わたしが確かに生きていることを、わかってもらいたいからかもしれません。

………タンダが終わったら、ミロンガが終わったら、きれいに忘れてもらってもいいから……

 

日々はあまりに孤独に過ぎていきます。毎日耐えるのに、つかれてしまいそうです。母が亡くなったら、わたしはきっと、すぐ後を追うでしょう。

不甲斐ない命です。たくさんのことは、欲しがりません。せめてひとときでも、安らぎをください。ひとときでも、しあわせ、ください。

ああどうか……醜く、小さな小さなわたしを、どうか、憐んでください。

赦してください。

 

もし……

もし神さまが、この小さなわたしを…もし……たいそう愛してらっしゃるがゆえに…この地上でこんなにも、孤独であるのなら………

わたしのことは、どうか、諦めてください。

 

 

 

アンチ・コミュニケーション

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子供のころは、よく指をクルクル回してトンボを捕まえていたものでした。

 

夕陽の中、トンボが薄い翅を伏せて綺麗に葉に止まっていて、写真を撮ろうとするとわたしのスマホでは、なかなかピントが合わない……

 

そうこうしているうちに、ぶわっ。と手の甲を風がかすめました。目の前のトンボが飛び立って、わたしの皮膚に、翅が切った空気が当たったのでした。

思わず、その場でひとり、声をあげて笑ってしまった。

わたしが手の甲に貰い受けた衝撃は、昔確かに触れて感じたことのあるものでした。

 

トンボ。蜻蛉。セイレイ……セイ、レイ……なんて綺麗なその名前。大きな眼に見られることなく、翅は陽を抜けいよいよ透き通っていく……

美しい、肉食の精霊よ!

 

あと、トンボとは飛ぶ棒、みたいのが語源のようですが、おそらく子供の言葉の発祥なのだろうと勝手に思っています。(たしか『たんぽぽ』がそうだと何かで読んだような………)

 

 

 

*****

 

アルゼンチンタンゴに限らず、ペアダンスは言葉の要らないコミュニケーションだなんてよく言いますけれど、果たしてそうかしら。

(リードとフォロワーのそれぞれのお仕事、という意味では、そうであるのでしょうが。)

 

わかりあう、なんて。なんて怖気のする言葉。こんなものに人類は取り付かれてるのなら、それこそ病ではないかしら。

 

お澄ましの顔をして、あなたにはわたしの本心なんか、渡してあげません。渡してなるものですか。

ふりなら、気が向けば、してあげる。

 

わかってください。わたしのことを。どうかわかってください。

……とも願っているくせに。矛盾してますか?だって、わたしは一面しかない見出しではありませんから。いいじゃないですか。

 

本当のことは怖いから、見せかけをください。

優しいまなざしを投げるふりを。指先で愛を語るふりを。音楽がもたらす畝る熱のもと、さみしさを味わうために絶妙に身体を離してみたり、そしてふと欲しあうがままのように重なり合ったり。

パーティーの薄闇の中を照らすさまざまな色をした照明を、あれはあの日の秋の陽の光…ああこれはあの場所あの海辺の光…と"まちがえる"ように…………

 

あの日のことは、そんな幸せではなかったし、あの場所にはわたしは居なかったかもしれないけれど。

 

……嘘や"まちがい"であったとしても、あなたからふといただいた優しさが、遥か昔たとえば誰かに求めた本当の優しさと、同じだったかもしれないと……幾重もの時間が一瞬の間に目の前に折り重なり、抗えず涙ぐんでしまうのです。

 

 

 

 

 

 

 

天女物語

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アキアカネやホウジャクを、追いかけていたら、日が暮れてしまった。

周りは家族連れやカップルが手繋ぎ、賑わい通り過ぎていって……わたしひとりだけ、草の鳴る丘の夕暮れに暮れていく。

やがて葉は枯れ草に。かさかさ音して声無く、さびしい。

 

 

タンゴやワルツを踊っていますと、わたしの身体は折り紙のよう。蝋紙の折り紙のよう。

ペラリペラリと幾度も幾度も、あなたによって折られる薄紙の身体。

でも、不思議でしょう?それを再び開いても、折り目など少しも付かないのです。この肉体は絹のようにしなやかで、冷たく澄んでいるのです。

あなたがたのことなんか、記憶形状して差しあげません。

 

わたしは天女だったかしら。

いつの日か、天女だったのかしら。

 

天の羽衣がないから、飛んでいってしまえない。

 

響く音楽の楽器の震えに、かの日の天女であった日々が思い出される気がいたします。

────あの頃は、楽しかったわねえ!夜は花々がちかちか咲いて。いい匂いの風に乗って、青い山々を見下ろしたりして。そして、天人たちが奏でるいろんな楽器が鳴っていたわねえ!

ふいごの鳴る音に、弦の弾ける音に、倍音の振動の中に……その上を、迦陵頻伽の仕方がない程うつくしい歌声が軽やかに滑っていって………

いつかの天界が瞼の裏の彼方に、眩しくて眩しくて眩しくて………ああ、もはや、よく見えないの。

 

────地上に落ちて、かつてわたしたちが花と呼んでいたのは"まちがい"で、『星』という呼び名なのを知りました。そのほかにも沢山のことをわたしは知り、沢山の"まちがい"を学び、正しました。

 

地上から、わたしは離れられなくなりました。

だからこの地上で、わたしはあなたと、踊りましょう。

 

天界を夢見ながら、地上で踊り、春の芽吹きと秋の暮れを何度も人と雨と光の中でめくるめく過ごして、そうしてめくるめく老いていく。

 

 

わたしの無縫の羽衣を隠してるのは、あなたでしょうか。

 

 

 

 

 

 

おとぎ話

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新宿御苑プラタナス。人に植えられたまま、お行儀良く並んで立っている。

人にどうかされようと、自然の儘になろうと、彼らは長い睫毛伏せて、静かに静かに黙りこくっている。

 

プラタナスがとっても大好き。幹のまだら模様が良い。大きな葉っぱが良い。

ああ、心にいつも、一本のプラタナスよ。あってください。

 

 

***

 

 

もっと、もっと、静かに踊れませんか。

もっと……もっと………静かに………しづかに……………。

 

わたしのことを、ほんのすこしでも、わかってくださったら

忽ち救われますのに。

それでも、もしもそのままわかられたなら、恐ろしくて突き飛ばしてしまうだろうに。

それでも……それでも………

──わかってください。わたしのことを。どうか、わかってください。

そういう思いで、踊っているんですよ。

あなたのことなど、わたしには一切分かりませんのに。

わからないの。真っ暗なのです。こんなに近くにいるのに、こんなに遠いんですね。

 

わからないけど、受け容れたいんです。

受け容れることができるんです。だって、女ですから。

女はいつもかなしい。だって、そういうことが、できてしまうんですから。

 

親愛の深さが、自分の中にこそあるのが、ありありと、よくわかるのです。

 

わかる、わからない、わからないで

あいしてる、あいしてない、さわらないで

 

まあそんな劇など無しでも、踊りましょう。ねえ、踊りましょう。

子どもたちが、夕方おともだちに「さよなら」を言うみたいに。

当たり前のかたちのように。少し寂しい顔したり、少しほっとした顔をしたりして。

 

 

*******

 

 

ふと、昔のことを今日も思い出していました。

昔々、ある夜のお店で、年配の男がおりました。そこはその男の遊び場でした。そして男は遊び人でありました。

男は店主との話に花を咲かせたり、若い女にちょっかいをかけて連絡先をそっと渡したり、ひとしきり遊び満足して店を後にしました。少しあと、まるで入れ替わりに、女神のように美しい女が入ってきました。

おーじ、おーじ、

と女は綺麗な声でなきました。

女はいつでも、おーじを探していました。

 

男と女はいつも追いかけっこ。女は美しくも強いひとでした。それでもそれがなんだというのでしょう。強いだけ、女はきっとつらかったでしょう。

おーじ。おーじ。おーじ………

女の細く可愛いかなしい声が、いまでも思い出されます。

 

おとぎ話です。だからなんだというわけでもなく。ただのおとぎ話です。

わたしにとっての、ある女神様のお話です。