影になりたい 踏まれてもいい
カベセオが苦手です。もはや嫌いです。
踊り場のマナーなのでしょうが、もっぱら出来ません。
こんなに胸元擦り合わせ近くで踊っていても、あなたの意思や心の裡などまるでわからないのに。まして会場の向かい、またはうんと離れたところから、まなざしで合図を送られましても……。
愚かなわたしには、わかりません。見えません。目が悪いせいではなく…見えないのです。
もはや、ほんとにわたしは目が悪いのかもしれません。
わたくしは魅力のあまりあるとは言い難い、小さな女ですから、あなたはわたしの隣の人をご覧になってるに違いないし。そう、そうでしょう。わたしは人から愛されづらい女であるし、誰からも選ばれる自信が無いの。期待するのが、恥ずかしいの。それにお誘いを首を長くして受けるなんて、たいそう、その、破廉恥に…だらしなく感じるの。
そう、それに……
あなた。ご足労なしにそんな遠いところから、わたしに指し示さないで。
わざわざこちらへ、いらっしゃってみたらいかが?だらしなく手なんか差し出してみたりして。一言、何かお言いなさいな。
心で、跪いて乞うてみてください。踊ってください、と。
ちょっとした、あなたの犠牲が欲しいのです。
上手にしてくださったなら、わたしもあなたに、かしずいて差しあげる。
影のように。あなたに寄り添って差しあげる。または音楽そのものに、普段縮こまりがちの神経質なこの身体を、形をみるみる失わせてください。豊かに波打ち昇華させてください。
ねえ。そんな高いところに、いらっしゃらないでください。遠いところに、いらっしゃらないでください。
あなたも、わたしの影になってくださりますか?