天女物語
アキアカネやホウジャクを、追いかけていたら、日が暮れてしまった。
周りは家族連れやカップルが手繋ぎ、賑わい通り過ぎていって……わたしひとりだけ、草の鳴る丘の夕暮れに暮れていく。
やがて葉は枯れ草に。かさかさ音して声無く、さびしい。
タンゴやワルツを踊っていますと、わたしの身体は折り紙のよう。蝋紙の折り紙のよう。
ペラリペラリと幾度も幾度も、あなたによって折られる薄紙の身体。
でも、不思議でしょう?それを再び開いても、折り目など少しも付かないのです。この肉体は絹のようにしなやかで、冷たく澄んでいるのです。
あなたがたのことなんか、記憶形状して差しあげません。
わたしは天女だったかしら。
いつの日か、天女だったのかしら。
天の羽衣がないから、飛んでいってしまえない。
響く音楽の楽器の震えに、かの日の天女であった日々が思い出される気がいたします。
────あの頃は、楽しかったわねえ!夜は花々がちかちか咲いて。いい匂いの風に乗って、青い山々を見下ろしたりして。そして、天人たちが奏でるいろんな楽器が鳴っていたわねえ!
ふいごの鳴る音に、弦の弾ける音に、倍音の振動の中に……その上を、迦陵頻伽の仕方がない程うつくしい歌声が軽やかに滑っていって………
いつかの天界が瞼の裏の彼方に、眩しくて眩しくて眩しくて………ああ、もはや、よく見えないの。
────地上に落ちて、かつてわたしたちが花と呼んでいたのは"まちがい"で、『星』という呼び名なのを知りました。そのほかにも沢山のことをわたしは知り、沢山の"まちがい"を学び、正しました。
地上から、わたしは離れられなくなりました。
だからこの地上で、わたしはあなたと、踊りましょう。
天界を夢見ながら、地上で踊り、春の芽吹きと秋の暮れを何度も人と雨と光の中でめくるめく過ごして、そうしてめくるめく老いていく。
わたしの無縫の羽衣を隠してるのは、あなたでしょうか。